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  • Saito Shigeru

褒めねば、というプレッシャーからの解放

褒めなきゃならないのに・・・ 子供を褒めてやらなきゃならないのに、どうしても厳しい言葉をかけてしまう。 自分の意に反することをやってしまう。そして自己嫌悪。 そうやって、自分を責めてしまうお母さんは多いようだ。 諸悪の根源は「褒めなきゃ」にある。 子供を褒めることができない人は母親失格。 お母さんにはそんなプレッシャーが常にかかっている。 「褒めなきゃいけない」 本当にそうなんでしょうか? もっと自然体でよいのに。 自分の気持ちに正直に。 自然と褒めたくなることが、沢山あるはずです。 そんな時には、いつの間にか褒めている。 意図的に褒めること。 その下心なんて子供は簡単に見抜きます。 そして、その「打算」に悲しい気持ちになります。 お母さんが好きだし、尊敬したいのに。 子供の問題は子供自身に返してあげたいものです。 全国的には徐々にデルタ株の蔓延も収まりつつあるようですが、決して安心できる状態ではありませんね。 群馬も緊急事態は継続されていますし。 草津町の小中学校は金曜日まで休校。 コロナ対応も東吾妻町、長野原町、中之条町で微妙に異なりますね。 いずれにしろ、コロナとの戦いは長期化するという覚悟が求められます。 そうです、覚悟です。

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