検索
  • Saito Shigeru

新型コロナとの戦いは戦争と同じ


私は、自分の人生で戦争を経験することはない、と勝手に思っていました。 震災と原発事故を目の当たりにして、それが根拠のない思い込みだと気づきました。 そして、今回の新型コロナとの戦い。 これは、戦争と同じです。 「マジでヤバいんだよ」 と表現すれば若い人には伝わるでしょうか。 約100年前のスペイン風邪以来の最大の感染危機がもうそこまでやってきているかもしれません。 自分の身近に感染者がいないって? 見える所に感染者が出たら、もう感染爆発が止められなくなるでしょう。 100年前と同じことが起きつつある、 ということは、今生きている人の大半には未経験のことなのです。 勿論、私にも。 「これは本当の危機だ!」 と感覚的に分かった時には、もう遅い。 泣くしかない。祈るしかない。 そういうこともあるのです。 旅行もしたい、花見もしたい、コンサートにも行きたい。 いや、もうそんなレベルの話はとっくに過ぎていますよ。 部活も大事、勉強も大事、学校見学も大事。 暫く、その話も難しい。 残念ながら。 最優先は何か。 後で、臆病だと笑われても良いので、生き延びること。 今までの私達の生活自体が反省を迫られている、とも言えます。 そんなこと言ったら、何もできないじゃないかって? そんなことはない! どこにいても1日は24時間です。 時間が減るわけではないのです。 今の時間をどう有効に使うのか。 こういう時こそ、ひとりひとりの姿勢が問われる。 コロナがあっても無くても、1日の長さは同じです。 私達の日々の姿勢が問われている。 コロナにぶん殴られたんだから、目が覚めなきゃ。 武漢で感染が広がっていた時、ヨーロッパ人達はまるで他人事でした。 2か月後に身近な人の葬儀になるなんて誰も考えもしなかった。 恐いことです。 人類はその歴史の中で、何度も経験してきたことですが。 そう言えば、 第1次世界大戦が始まった時も、戦地に赴く男たちは 「この戦争は1週間で終わるから、すぐに帰ってくるよ」 と言って出かけていったということです。 外出はできるだけ控えたいものです。 慣れない「我慢」のトレーニングだと思って。

閲覧数:25回0件のコメント

最新記事

すべて表示

吾妻から前橋高校、高崎高校に合格させている齊藤塾です。 3.10は東京大空襲。 3.11は東日本大震災。 ウクライナ危機は現在進行中。 3月は悲しい。 では、 頭の良い人の話には特徴がある。 それは、シンプルかつ分かりやすいということ。 だから、 「あの人は頭が良過ぎて、説明が難しくて、私には理解できない」 ということ自体本来あり得ないのだ。 ポイントを押さえている話にはメリハリがある。 従って、

筋肉は傷めつけて鍛える。 一度壊されて、修復するときに壊れる以前よりも強くなって再生されるから。 心も同じ。 壊されて、再生するときに強い心ができる。 傷つかないように、と守り続けていては、いつまでたっても強い心は作れない。 勿論、私の仮説だ。 仮説とはいえ、かなり自信がある。 ここで、厄介な問題が発生する。 筋肉は時間とともに確実に再生されてゆくが、心はそうではないという問題だ。

「どのような時に創作意欲が湧くか」という問いに、ある作家と詩人とが偶然同じ答えになり盛り上がっていた。 先日のラジオの番組でのこと。 その答えとは、「原稿の締め切り日直前」だと。 おいおい、何とも作家先生たちに対する憧れを打ち砕くに十分な答えではないか。 現実的過ぎる答え。作家先生たちの「日常」までが垣間見えてしまいかねない夢のない話。 でも、これこそが正直な答えであり、なおかつ創作とい