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  • Saito Shigeru

手間がかかる


吾妻から前橋女子高校、高崎女子高校に合格させている齊藤塾です。 実力テスト結果の報告がありました。 ついに、 学年1位! 分厚い優秀層の中でついにトップをとりました。 夏期講習の成果ですね。 さて 勉強は孤独にやるものです。 勉強という作業の大半は自分自身と向き合うことでなされます。 だから、孤独な作業なのです。 自分自身との対話は日本語でなされます。 日本人の場合には必然的にそうなります。 その言葉が貧困ならば、自分との対話の内容も貧困になります。 「日本人だから日本語くらいで『できる』、だから〇〇の学習を」 そう考える人が時々います。 安易な発想だと思います。 日本語が「できる」といっても、一人一人のイメージしているそのレベルの差があまりにも大きいから。 自分の日本語で自分自身と向き合う。 それなしの勉強はあり得ません。 私達の思考は自分自身の日本語でなされます。 その思考の道具を確立する段階をおろそかにしたくないものです。 その道具の確立は、活字を自分で読むことでなされると考えます。 できれば紙の上の活字で。 そして自分の手を動かして書いた文字で思考は深められる。 そう考えます。 勉強には手間がかかります。

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吾妻から前橋女子高校、高崎女子高校に合格させている齊藤塾です。 学習の幅を広げられることも、個別演習型学習塾ならではの特徴です。 導入部分は極力学校に任せて塾では演習時間を多くとる。 さらに、教科書の範囲を逸脱してはいないのだが、初見では戸惑うような問題の演習量を増やす。 そんなことに気を配りながら日々の指導に当たっています。 あくまでも、入試問題を意識しながらの指導です。余談や雑談をしてし