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  • Saito Shigeru

家の手伝い


吾妻から前橋高校、高崎高校に合格させている齊藤塾です。 オリンピックが始まりましたね。 受験生達にとっては複雑な夏です。 今日も塾生達は長時間学習で自分と戦ってゆきました。 講習は塾のペースで学習を進められますね。 気持ちよく学習が進みます。 さて、お手伝いの話。 子供に家のお手伝いはさせるべきです。 「任せる」形で。つまり、責任を持たせる。 それが、家族という最小単位での社会で生きてゆく自信につながります。その自信が外の社会に出てゆく勇気になります。 このお手伝いに「報酬」を支払うのは如何かと思うのですが。報酬を払った瞬間にその意味合いが全く違ってきてしまいます。 家族という小さな社会の中で生きてゆくには相応の役割がある、という当たり前のことをするだけです。 このような考えは、最近理解されなくなってきていると感じています。

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吾妻から前橋高校、高崎高校に合格させている齊藤塾です。 3.10は東京大空襲。 3.11は東日本大震災。 ウクライナ危機は現在進行中。 3月は悲しい。 では、 頭の良い人の話には特徴がある。 それは、シンプルかつ分かりやすいということ。 だから、 「あの人は頭が良過ぎて、説明が難しくて、私には理解できない」 ということ自体本来あり得ないのだ。 ポイントを押さえている話にはメリハリがある。 従って、

筋肉は傷めつけて鍛える。 一度壊されて、修復するときに壊れる以前よりも強くなって再生されるから。 心も同じ。 壊されて、再生するときに強い心ができる。 傷つかないように、と守り続けていては、いつまでたっても強い心は作れない。 勿論、私の仮説だ。 仮説とはいえ、かなり自信がある。 ここで、厄介な問題が発生する。 筋肉は時間とともに確実に再生されてゆくが、心はそうではないという問題だ。

「どのような時に創作意欲が湧くか」という問いに、ある作家と詩人とが偶然同じ答えになり盛り上がっていた。 先日のラジオの番組でのこと。 その答えとは、「原稿の締め切り日直前」だと。 おいおい、何とも作家先生たちに対する憧れを打ち砕くに十分な答えではないか。 現実的過ぎる答え。作家先生たちの「日常」までが垣間見えてしまいかねない夢のない話。 でも、これこそが正直な答えであり、なおかつ創作とい