検索
  • Saito Shigeru

「質問力」

質問できるというのは大変な能力です。

「分かっていない人」は質問できません。

質問するためには、自分が理解している部分と理解できていない部分の仕分けが前提となります。相手に質問内容を明確に伝えるには、まず自分自身がその質問事項の周辺部分について十分に把握しておかねばなりません。

そもそも何を質問したいのか曖昧な人や、質問しているうちに勝手に持論を展開してしまう人など、大人でも時々いますよね。討論番組などで、司会者に「早く質問の方をしてください」と注意される人。「分かってない人」の質問は質問にはなりません。

「勇気のない人」は質問できません。

質問するにはそれなりの勇気が求められます。黙っていれば、通り過ぎる時間。静かに「受け手」だけやっていれば楽ができる場面。そこで敢えて、周りの注目を浴びるのを覚悟して質問するのです。知りたいという欲求が、恥ずかしさを乗り越えるのに時間のかかる人も少なくありません。

「こんな質問は恥ずかしい」とか「自分以外皆分かっていることかもしれない」などと躊躇しているうちにチャンスを失う。二度と訪れることのないチャンスだったかもしれないのに。

一人の鋭い質問のお蔭で、その場に居合わせた多くの人が貴重な情報を得られたリ、予想外の刺激をもらったりするものです。

豊かな質問が飛び交う学びの場。

ワクワクする刺激的な場。

学びの原点は対話です。

閲覧数:1回0件のコメント

最新記事

すべて表示

吾妻から前橋高校、高崎高校に合格させている齊藤塾です。 3.10は東京大空襲。 3.11は東日本大震災。 ウクライナ危機は現在進行中。 3月は悲しい。 では、 頭の良い人の話には特徴がある。 それは、シンプルかつ分かりやすいということ。 だから、 「あの人は頭が良過ぎて、説明が難しくて、私には理解できない」 ということ自体本来あり得ないのだ。 ポイントを押さえている話にはメリハリがある。 従って、

筋肉は傷めつけて鍛える。 一度壊されて、修復するときに壊れる以前よりも強くなって再生されるから。 心も同じ。 壊されて、再生するときに強い心ができる。 傷つかないように、と守り続けていては、いつまでたっても強い心は作れない。 勿論、私の仮説だ。 仮説とはいえ、かなり自信がある。 ここで、厄介な問題が発生する。 筋肉は時間とともに確実に再生されてゆくが、心はそうではないという問題だ。

「どのような時に創作意欲が湧くか」という問いに、ある作家と詩人とが偶然同じ答えになり盛り上がっていた。 先日のラジオの番組でのこと。 その答えとは、「原稿の締め切り日直前」だと。 おいおい、何とも作家先生たちに対する憧れを打ち砕くに十分な答えではないか。 現実的過ぎる答え。作家先生たちの「日常」までが垣間見えてしまいかねない夢のない話。 でも、これこそが正直な答えであり、なおかつ創作とい